ウワサのと白龍が戻ったのは、ちょうどこのときだった。
 あれ、みんなで何の話してたの? 明るく問いかけるへ、つぶやくようにが答える。 「…わたしがの味方だっていう話を」「えっ? …うわあ、やだ、ありがとうちゃん!」 口調一つとっても大きく相違のある神子二人に、いまだ周囲はいまいち慣れていない。

「……あとね、びっくりしてた。時代時代によって神子も八葉も違うんだね」 すこしもびっくりしていない様子でが言う。
 お茶の入った湯のみを両手で包み込むようにして、ちょこんと小さく座っている先々代の神子のたぐいまれなるポーカーフェイスは、その昔、彼女の八葉たちをも大いに困惑させたものである。

「へえ〜、そうなの? あっ、でも、そっか、そうだよね。ちゃんのときには、ちゃんとちゃんのときの八葉がいるんだよね」
「うん、そうだよ、神子。神子を守るために八葉が選ばれる。神子が定まれば八葉も定まる。今はまだ、そろわないけれど……いずれ、神子の八葉も強い縁が引き寄せるよ」
「そっかあ……」

 どうぞ先輩、と給仕よろしくお茶を差し出す譲から受け取り、は無邪気に瞳をかがやかせた。違う時代の神子。違う時代の八葉。一体どんな人たちなんだろう、と単純な親近感から思った。

「会ってみたいなあ……」
「会いたい?」

 するっとが尋ねた。

「うん、そりゃあ会えるもんなら」
「じゃあ、呼ぶ?」

 あ、うん! とはとりあえず元気いっぱいに答える。
 あ、うんじゃないでしょう先輩! と真っ先に譲が叱った。なんで先輩はよく考えないうちからオッケーを出してしまうんですか、オレが日ごろからあれほど気をつけてくださいって口をすっぱくして言っているのに――! うんぬんかんぬんと膝づめで言いつのる幼なじみ。

 その小言の大半を正座したまま聞き流しながら、は 「呼べるだけ呼ぶ?」 というの言葉に 「あ、ハイ!」 と頷く。次の瞬間、言い方が変わってもだめ! と再び譲に叱られたのは言うまでもない。

「呼ぶって、まさか……、あなたが!?」
「うん」
さんのように異なる時空の神子を召喚するつもりなんですか? しかし、さんはようやく使えるようになったばかりの困難な術だと……」
「うん」

 うんじゃない! と叱る人のいないを邪魔するものはなにもない。
 先々代の神子は、虚空を見上げ、 「ひとり……ふたり、かな」 とつぶやいた。目に見えない 『どこか』 をしっかりと見つめて、唇を開く。

 ――きみを呼ぶ

 それはまるで降りはじめの雨のような声で。

 ――きみを呼ぶ きみに願う
 渇望の昼と かなしみの夜をこえて
 あの子の心をたどり
 わたしの声をみちしるべに

 はるかなる時空をこえて
 どうか ここに


 は招くように、受け止めるように両腕を広げる。肉眼で確認できるほどの神力が、彼女の両手からあふれ出た。
 あまりのまぶしさに、その場の大半の者がとっさに両目をかばう。


 ――どこかの時空で誰かが振り返り、またどこかの時空で誰かが応えた。


「わ、私でできることなら……!」

「……そうね、せっかくのお誘いだものね」


 新しい声がふたつ。
 ひとつはおおあわてで駆けつけたというふうで、もうひとつはめずらしい趣向に微笑みながら。の目の前に、声の主がこつぜんとあらわれる。

 これにはゴーサインを出したもぽかんと口をあけたが、周囲で茶を飲んでいた八葉も、むろん正座でを叱りつけていた譲ですら驚いて動きをとめた。

 こんばんは、来てくれてありがとう、とが一人マイペースに話しかける。

「……え、あっ。うそ、夜なの? ここ?」

 そうか、ちがう時代だからか、と戸惑いながら闖入者のひとりめが辺りを見回した。召喚主の仕草にしたがい、「あ、えっと、お邪魔します」 その場にぺたんと座り込む。

 アルトの声音。やけにショートカットの似合う細身の少女だった。年のころはと同様。眉目秀麗といってさしつかえないが、どことなく中性的な顔立ちをしているためか、素直に美少女とは評せないえもいわれぬ雰囲気がある。

 一方、もうひとりの少女は比較的落ち着いていた。

「日本家屋……。……ふふ、なんだかなつかしいな」

 ふんわりと笑顔を浮かべ、ゆっくりと 「お隣いいかしら」 九郎の隣に膝をついて座る。
 鈴のころがるようなソプラノ。色素のうすい金の髪に、気品ある顔立ち、そして柔和な微笑み。こちらははっきりと美少女と断じることのできる美しい少女だった。しかし、たおやかな繊手には大ぶりの弓がさりげなく握られている。

「……このふたりは、からみて先代の白龍の神子と、わたしよりだいぶ前の白龍の神子」
 
 はそれぞれの神子を手の先で指し示す。
 つづいて手をひるがえし、「……それで、このきれいな子が黒龍の神子、梶原朔。他のひとたちが八葉、まだ四人だけ」 ぽかんとしたままの面子についても淡々と紹介する。とりあえず朔以外はたいへん大ざっぱな解説であった。

「あの……高倉です。はじめまして、みなさん。……なんだか、わたしもまだ現実味がないんですけど……ここは、未来になる…の、かな?」

 座の面々にぺこりと頭を下げ、とまどったように

「はじめまして、葦原です。……未来というよりは違う世界、なのかもしれないわね」

 おだやかに苦笑するは、小さな白龍のきょとんとした顔を見て、さらに困ったように微笑んだ。 「…もしかして、白龍ね?」 うん、と当人でなくが頷いた。 「なら、やっぱり違う世界だと思うわ。私のところの白龍は少なくともこんなに可愛らしくなかったし……」 どちらかというと可愛いというよりももったいぶった尊大な偏屈だったもの――遠い目をして語るである。

「うそみたい……。信じられないわ、白龍の神子が四人も……」

 同じ神子だけに真偽のほどを感じることのできる朔は、改めて目を丸くした。
 これがどれほどの莫大な力を要する離れ業かと思うと、さしもの弁慶も驚いてを見た。ひとりを召喚するだけでも困難をきわめる術を、ふたり同時に召喚するとは、もはや生身の人間の領分をこえたようにも思う。
 うん、と今回の召喚主は無表情に頷いた。

「わたしもに呼ばれてやり方を覚えたんだけど、まさか成功するとは……」
「…………」

 弁慶ら、良識ある面々は沈黙した。
 そういえば、ことのはじまりは話のついでのとても軽いノリであったことをようやくのこと思い出す。白龍の神子はどうして、こう…、と若干名がきわめて真理に近いことを内心でつぶやいたが、このときはまだ各々の愚痴の範囲を脱しなかった。

 ふぁあ、とぶっつけ本番でとんでもないことをしでかした張本人があくびをする。
 はっとようやく我に返ったが 「あかねちゃん?」 と呼びかけるも、はもう一度あくびを噛み殺し、ゆるゆると目蓋を閉ざす。

「……ごめん。つかれた。眠い」 唐突なカミングアウトだった。

「あ、や、あたしもごめん…! なんかあたしが気軽に会ってみたいとか言っちゃったから!」
「わたしは、べつに…いい。成功したのは、ふたりがこたえてくれたからで……」

 半分眠りにおちいりかけながら、は追加の神子ふたりを見つめた。
 あのね…、とささやくように言う。

「……召喚は……いちおう、わたしがやったけど。目的は、なの」

 へっ? 自覚のないはうろたえた。

「同じ神子ならわかるようになってるから……話をしてみて……? ……帰りたくなったら、わたしを起こし……」

 言い終わらぬうちに召喚主の意識は眠りに落ちた。
 ぐらりと揺れた身体を、真正面にいた闖入者ひとりめの少女が 「…あぶない!」 と素早く支える。支えついでにの前髪をかきわけ、額に手を当てて 「よかった、熱はないみたい」 とホッと微笑んだ。とりあえず膝の上にの頭をのせ、すこし乱れた髪を数回やさしく撫でつける。
 それら一連の言動を中性的な少女がやると、なぜか一種独特の濃密なムードがたちこめ、いささか男性陣をそわそわさせたが――唯一スムーズに介入できる立場のは、正直そんなことに頓着している場合ではなかった。

 当代・白龍の神子は愕然として、呼び出されたばかりの神子たちを凝視する。
 ――“同じ神子ならわかるようになってる”
 の告げた言葉の意味を、じわじわと悟った。
(……どうしよう。同じだ、あのときと。あたしがちゃんを呼んだときと同じで、もしかして、もう、みんなわかって―― ?)

 黙ってを見つめかえしていた神子たちは、やがてお互いの顔を見て数秒、再びに視線を戻した。
 の気のせいでなければ、彼女たちもじゅうぶんに驚いているようだった。
 神子同士の記憶の共有、感情の共感――不思議なつながりに。
 まあ単なる召喚のオプション機能なんだけどね。…とは四人の神子の中でもっとも召喚が得意なの、後日におけるミもフタもない回答である。

 まずは軽い眩暈。
 指先の軽いしびれ。
 そして、ざっと早送りの画面を観るようにいくつものエピソードが脳裏をかけめぐり、特にそれぞれが体験した強い感情が要所要所でダイレクトに胸を揺さぶる。


 ――おぬしなど、神子とは認めぬ!

 ――あなたが、いつか、この中つ国を……

 ――神子、神子だけは……生きて


 それは追体験というには軽く、俯瞰の視点というにはリアルすぎた。
 ひとりに向けられた敵意も、願いも、微笑みも、味わったすべての慟哭も、生々しく彼女たち全員の心を動揺させた。

 三人の神子たちはお互いを見つめたまま絶句する。
 膨大な情報量が一時的に彼女たちの表情や動作を奪い、硬直させていた。

「……せ、先輩?」
「おい、大丈夫なのか?」

 いてもたってもいられなくなった譲が一番にを呼び、神子全員が同じ状態になっていると気づいた九郎が残り二人の肩をゆすった。
 すぐに神子たちは意識をはっきりとさせたが、いまだに夢を見ているような表情でほんやりと視点をさまよわせる。
 少女たちは、ややあって、こんこんと眠りつづける最後の神子を見下ろし――


 ――孤独なる神子 そなたがそれを望むのならば


 誰からともなく、涙をこぼした。

 それぞれの時代で、それぞれの運命に翻弄され、仲間に助けられながら命をひろい、惑いながら神子としての力をふるい――それでも、こうして生きている。
 本来ならば、顔を合わせることのない神子たちが、ここにつどう。
 その意味は、と誰かが考え、決まってるよ、と誰かが応えた。

「……これはもう協力しあうしかないよ。とりあえず超・無敵な気がする。そんじょそこらのラスボスなんか目じゃないかもしれない」

 があながち間違いでもないことを提唱する。
 それに微笑んで同意したのは高倉だった。

「大丈夫、わたしも龍神の召喚がちょうど済んで一件落着したところだったから時間ありますよ。むしろ急いで現代に帰っても、正直、反動で燃え尽き症候群になりかねないから、かえってありがたいかもしれな……あ、いえ、その」

 うっかりリアルな事情をもらしかけては頬をそめて睫毛を伏せた。仕草だけ見れば花もはじらう風情だが、言わんとする内容は若干どころでなく気の毒である。
 うん、よくわかんないけど苦労してたんだね……とがしんみりとつぶやき、皆の同情を誘った。

「私のほうはまだまだ戦いの真っ最中だけど……そうね、かまわないわ。今はひたすら戦って恵を集めてまわっているところだったから。――ただ、たまに戻ってもいい? あまり長くこちらの世界にいると、通算10周目とはいえ 細かい情勢を忘れそうだわ……」

 のんびりとこちらも協力を表明したのは葦原である。さりげなくとんでもない爆弾発言がぶちかまされているが、さりげなさすぎて誰もつっこむことができない。他の神子二人はそもそも、すでにすっかりの事情については承知済みだ。

「10周目かあ……。気持ちはわかる。もちろん、ちゃんが戻りたいときに戻って大丈夫だよ。ていうか、よかったらお手伝いに行くよ! だってもう、呼ばれなくても助けに行きたい気分だよ」
「うん、わたしも。お役に立てるかわからないけど」
「……ありがとう」

 当代・八葉や黒龍の神子がさっぱり話についていけていないうちに、三人の神子たちは何やら力強く頷き合う。もう一人の神子はくうくうと健やかな寝息を立て、小さな白龍は彼女たちにつられたように笑顔になった。
 それが当然であるかのように、誰一人として 「もう帰る」 とは言い出さない。

 状況の詳細はやはり不明ではあったが、朔がうれしそうに 「…よかったわね、」 とやわらかく目を細めた。なにがどう良いのか、そんな細かいことは問題ではない。おのれの対がいつになく感激していることが重要な事実だ。実際、がとびきりの笑顔で 「うん!」 と答えたので、朔はもう仔細には頓着しなかった。実は部屋の隅で一部始終を目撃していたリズヴァーンも同じ口である。

 ちなみに幼なじみの彼はといえば、朔やリズヴァーンほど大らかではないものの、確かに間違いなくが満開の笑顔を見せているため、今にもつっこみたい気持ちをぐっとこらえて 「どうぞ」 と新しい神子ふたりにお茶を入れていた。

 残る九朗は仏頂面になり、弁慶は苦笑して、最低限の確認にとりかかる。

「……では、おふたりの扱いはさんと同じく、基本的にさんに同行、ただし源氏の戦力には数えない、ということでよろしいですか?」

 はい! と答える当代・白龍の神子の陰がやすらいだことに、九郎や弁慶ですらも、彼女自身の味方が増えるのならば決して悪い話ではないのだと内心で承知する。
 ごほん、と低く咳払いをし、正式に許可を出したのは、源氏の大軍を預かる九郎だった。

「……わかった。特例としてお前たち全員、我が軍に立ち入ることを認めよう。いいか、まさか全員承知の上のことだろうとは思いたいが、戦場はどれほどに警戒していても危険の予測のつかないところだ。刻一刻と戦況は変わり、いついかなるときも命の保証はない。……なにも役に立てとはいわん。だが、邪魔をするな。そして、最低限、自分たちの身は自分たちで守れ。これが不可能なようならばいっさいの出入りは認めない。……どうだ、できるか?」

 きびしい声で尋ねる彼に、神子たちは首肯する。

「ええ、この弓は飾りじゃないもの。……大丈夫、のことは私が守ってあげる」
「ご、ごめんなさい。わたしも術なら使えるから……! 精一杯、がんばります」
「大丈夫、あたしもみんなのことは守るから!」

 その凛々しい表情の裏側で (わあ。どの八葉にもへんな髪型のひとはいるんだ…) とがおどろき、 (まあ。どの軍にも口うるさい堅物はいるものね…) とがしみじみし、 (うん。九郎さんは八葉で一番のツンデレだよ!) とがさっそく白龍の神子ホットラインの無駄遣いをして不当な九朗の評価を流出させていたが、そこはあえて余人が知らなくてもいい真実である。

 ともあれ、神子たちのかたい決意はツンデレのツンごときではみじんも揺らがなかった。




 こうして、くしくも一日のうちに白龍の神子・春日のもとに、元宮、高倉、葦原の三人の神子たちがつどうこととなる。
 もともと波乱万丈な彼らの道行きが、このときよりのち、さらに輪をかけて破天荒と化すことについては――現時点では、かの白龍とて知るところではない。














(あとがき)

アホな話でごめんなさい……。
神子たちが仲良くしてるのが書きたかっただけでございました…。

ストーリーのほんの導入部分のみで恐縮ではありますが、
これにより神子共演愛好家の増加のささやかな一助とならんことを願って
200万感謝企画の場をかり、期間限定お持ち帰り作品とさせていただきます。

読んでくださったかた、ありがとうございました!


(はちみつ印。管理人ゆの:2008.11.6)