当代白龍の神子・のこれまでの人知れぬ苦難について、それなりに他の白龍の神子は承知していた。若干ダイジェスト風ではあるが、たとえば平家の還内府が “将臣くん” であることや、リズ先生が逆鱗を所持していることなどのアレやコレやも、むろんのことツーカーだった。

 そして、四人の白龍の神子がそろった夜のことである。

「ちょっと手を打っておいたほうがいいと思うの」

 布団をならべた寝所にて、明日の天気の話でもするかのようにが提案した。
 え? という顔で首をかしげただが、は何かに思い当たって 「そうだね、そういえば……」 と頷く。
 はというと、一刻前、召喚直後に寝入ってからいまだ夢の中である。

「手を打つって……?」
「ほら、。弁慶は軍師で、景時は戦奉行でしょう。景時とはまだ会っていないけれど」
「あ、うん。今日は一日、怨霊の調伏で出かけるって言ってた」
「そう。いずれは彼も白龍の神子が四人に増えたことを知るでしょう。……がすでに一応の交渉は済ませておいてくれたとはいえ、念のため私たちの立ち位置をはっきりとさせておいたほうがいいわ。そうでなければ、私たちの利用価値は一人歩きする」

 王家の末裔であるところの姫は、いっそやさしげな口調で告げた。
 つまり、釘さしておかないと弁慶は私たちを嬉々と利用しようとするだろうし、景時は源頼朝や北条政子に告げ口して事態が盛大にこんがらがるだろう、と――。

「な、なるほど……。確かにやる。あの人たちならやる!

 は力強く断言した。八葉への親愛とは別次元でのゆるぎない確信だった。
 当代・白龍の神子の太鼓判をもらったは、ふふっと目元をなごませる。たいへん淑やかな微笑みであったが、碧眼はすこしも笑っていなかった。さんが敵でなくて本当に良かったと思います――と、のちに目撃者・は語る。

「大丈夫、釘さすのなんて簡単よ。そうね、さえ協力してくれれば」




 軽や、あ




 うん、わかった。あっさりと了解したは、翌日の朝っぱらから神通力をふるった。
 カッと梶原家の庭があふれんばかりの光に染まる。
 
「すこし用事を思い出したの。また何かあったら呼ぶだけ呼んでみてね」 楚々と手を振る
「一応わたしの八葉に事情を話しておかないとあとが怖いんです。すいません」 ぺこりと頭を下げる

 ちゃん、ちゃん、また今度ー! 下校時のクラスメイトとのあいさつのノリで
 ばいばい、とも無表情に手を振り返す。

 居合わせた誰もがぽかんとする中、 「ま、待ってください…!」 いちはやくつっこんだのは譲だった。炊事場からあわてて駆けつけただろう右手には、しっかりとしゃもじが握られている。

「何事なんですか、この光は……!? それに、あの、さんとさんは……」
「帰ったよ」
「ど、どういうことですか、さん」
「わたしが返還した。ふたりが一度帰りたいって言ったから。無理にとどめることはできない」

 ま、まあ…そういうものなのかもしれませんが、と眼鏡のおさんどんは困り顔になった。
 
「春日先輩はそれでかまわないんですか……? 彼女たちが召喚されたとき、とてもうれしそうにしていたのに」
「ん? うん。いいよ、別に。ずっと会えないわけじゃないもん。昨日はいきなり呼び出して悪いことしちゃったし、あっちの世界がたいへんじゃないときは呼んだら来てくれるって言ってくれたし」
「……わかりました。先輩がいいなら、オレとしては何も言うことはありません」

 至上主義の幼なじみは問題なく納得。同じく白龍も 「うん、神子がいいなら」 と笑顔。
 朔もまた 「そうね、残念だけど仕方ないわね」 と苦笑する。
 付近で素振りをしていた九郎はというと 「なんだ、まったく。人騒がせな!」 と呆れ、横のリズヴァーンに 「九郎。神子のさだめは時代のさだめ。おのれの世界への帰還を望むも当然のことだ」 と諭された挙句 「……はいっ!」 ご指導ありがとうございますと礼を述べている。

 そして、残るひとりの弁慶は――

「可愛らしいお嬢さんたちの華やいだ雰囲気につい失念していましたが、白龍の神子にはそれぞれの事情がおありでしたね。……さんはお戻りにはならなくとも大丈夫なのですか? もしも残っていただけるならば、僕としてもとてもうれしいのですが」

 はいささかも表情を動かさずに 「わたしは平気」 と答えた。

 白龍の神子サイドの参謀・の考えでは 「増援分の白龍の神子がいかに戦力として不安定か徹底的に知らしめればいいの」 ということになっている。ゆえに、はたいへんライトなテンションでさっくり返還された。はっきり 『ああ、こいつらを当てにしてはいけない』 と思わせるには、もっとも手っ取り早くわかりやすい。
 が残ったのは 「…とはいえ、ひとりは留まったほうがも安心よね」 とのことで、パワフルな召喚ができる上にひそかに戦闘能力も兼ね備え、さらに役立たず宣言済みのが適役となったからである。ちなみに、一目瞭然のカリスマと外見で思いっきり目立つや、気がやさしく押しが弱く巻き込まれやすいでは、あきらかに不適応だった。

 そんな神子たちの思惑をまったく面に出すことなく、朝に弱いはふぁ、とあくびをする。

「君が留まってくださるなら、さんも心強いでしょう。でも、さんの八葉には悪いことをしてしまいますね。大切な神子を僕らの世界に引きとめてしまって」
「……大丈夫。秘密にしておくから」
「秘密に?」
「言ったら……おこられる」

 眠気のあまり、うっかり余計な本音をこぼす先々代。
 めずらしく弁慶は虚をつかれたように瞬きをして、まじまじと小さな神子を見下ろした。どう贔屓目にみても戦力にならないどころか足手まといになりそうな彼女は、その実、容易に真意をさぐれない曲者であったはずだが――今は子どものような頑是ないことを言う。
 こしこしと目蓋をこする姿は、いとけない少女そのものだった。

「……さん?」
「ごめん。つかれた。ねむい……」

 昨夜も聞いたような気がしないでもない入眠時のキメ台詞をつぶやき、はふらっと上体を倒した。
 とっさに手を伸ばして抱きとめた弁慶は、曲者のあまりの軽さに驚く。一体これでどう戦うつもりなのだと呆れたような思いが湧き上がった。

「――あ。ちゃん、寝ちゃったんですね」 がひょっこりと横から覗き込んだ。
「ええ。おつかれだったようです。朝餉まで眠らせて差し上げましょうか」 
「……あたしもびっくりしたんですけど、召喚ってすっごく力使うんですよね。たぶん、返還も同じくらいキツイんじゃないかな。それもふたりいっぺんだったら、眠くなっちゃうのもしょうがないですね〜」

 思案をめぐらせながら、そうですか、と軍師はあいづちをうつ。
 以外の白龍の神子における有用性は、いまだ考慮の余地がある。軽率な判断を下すことは得策でない。新しい戦力として数えるに状況はいささかも芳しくはないが――。
 そのとき、彼の思考をさえぎるようにが言った。

「だけど……こんなに面倒なことなのに、それでもちゃんたちはあたしに会いに来てくれた。あたしの味方だって約束してくれた。――だから、絶対にあたしが守ります」

 あざやかな色の瞳が、決意を示して強く輝く。
 たぐいまれなる剣の腕を持つ、当代の神子。吸引力と呼ぶべき 『何か』 を持つ時代の寵児。

 一拍後、弁慶はふっと微笑んだ。

「……頼もしいことですね。ただ、くれぐれも無理はなさらないでください。さんも、さんも、朔殿も……か弱い女性を戦場に連れ出してしまう以上、いまさら何をとお思いになられるかもしれませんが、僕らだって君たちが傷つくことは本意ではありません」

 華奢なを直に支えているためか、彼は少女の腕力・膂力・その他もろもろの抜群の非力さを充分に察したようだった。
 言外に、僕らも叶うかぎり配慮します、と言っている。

 はい、と笑って神子は請け負った。
 その心中で (よし! たぶんうまくいったよちゃん!) と親指を突き立てていることは、さしもの老獪な軍師も知るよしもない。







 同日一刻後。
 梶原邸の主人が帰還したところ、ほがらかに笑うに真っ先に出迎えられた。

「あ、おかえりなさい景時さん。こちら先々代の白龍の神子のちゃんです」
「……へぇ〜、そうなんだ、よろしく……って、え?」
「あと他に先代のちゃんと超昔の時代のちゃんもいたんですけど帰りました。さっき」
「え、ええ!?」
「時間あったらまた来てくれることになってます」
「えええ……っ!?」

 お、おれもホント龍神につくづく縁があるなあ〜……。
 が滞在・同行することを快く了承した景時は、引きつった笑顔で頭をかいた。

 その後、軍師からの情報をかんがみた戦奉行が、鎌倉への経過報告で 『白龍の神子は日々順調に力を増しており、最近は新技が増えたようです』 としか書き綴れなかったというが、彼の地味な苦悩についてはまた別の話である。













好評感謝にて、後日談的小話 『軽やかに、あざやかに』 です。
軽やかに鮮やかに帰った――もしくは
軽やかに鮮やかに 策謀した、という話。(おい)

きっとそのうち軽やかに鮮やかにまた召喚されます。
(はちみつ印。管理人ゆの:2008.11.17)