Missing創作家に50のお題



01.無表情

 空目恭一が無表情なのは取り立ててめずらしくはない。
 だが、それがだった場合。
「…………」
「…………」
 対峙している村神俊也は、無言の圧迫にさらされながら彼女の出方を待つ。
 ひたすら待つ。
 飽くほど待つ。
 どれほど時間が経過したものか――部室で我関せずと読書に励んでいた空目までもが、さすがに二人の異常な状態に視線を向けたとき、
 ――黙考していたの目がキラリと輝いた。

「そこだああ!」

 びしいっ。
 盤上に小気味良い音が打ち付けられ、それを受けた俊也がハッと息をのんだ。
 しまったと歯噛みが聞こえそうなほど、一瞬、顔が青ざめる。
「……くっ」
「ふっ。金将、い・た・だ・きv」
 将棋対決。
 粋な勝負事には素直に熱中する二人であった。

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02.嘘つき

「私、空目くんのこと、たまーに嫌いかも」
 そう告白しても、彼は片眉を少しあげただけ。
 私は笑いながら付け加える。
「たまにだけどね? もううんざりかもしれないよ」
 パラリとページをめくる指に、まったく動揺は見られない。
 これは気づいてるかな、と内心苦笑。
「もー顔も見たくない! …聞いてる?」
 ああ、と面倒くさそうな低い声。
「俺もお前のことはさほど好きではない」

 四月一日だけの言葉遊戯。


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03.禁じられた遊び

 その選択の理由ならはっきりしている。暇だったのだ。
 手持ち無沙汰というか、何をするにも気が乗らないというか。
 やはり暇だったのだ。
 出来心ともいうかもしれない。我ながら酔狂な真似だ。
 武巳あたりが知ったら、どんな顔をするか……やめよう。友情をそこないかねない。
 それに、根拠もなく呼べば出てくるような気がしているが、そうともかぎらないことだし。
 別にどちらでも良かった。
 現れようと現れまいと。
 何となく、あの夜色の外套を思い出しただけだったから、こその試み。
 その名前を唇にのせる。

「……神野陰之」

 現れようと現れまいと、どちらでも良かった。
 けれど出現した闇がいとおしげに凝った。


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04.差し入れ

 彼の近くには、いつもたいてい本がある。
 ハードカバーだったり文庫だったり雑誌だったりと様々だが、問題はそれを目にしているとき、彼は普段の無愛想さに輪をかけて無愛想になるということだ。ただでさえ、「ああ」 だの 「そうか」 だのと素っ気ない一言で済ませることが多いのに、書籍携帯時には 「……」 で終わることも珍しくない。もはやこれは返答とは言わない。無視というのだ。黙殺というのだ。

「空目くんは……」
 差し入れのスコーンをそっと近くのテーブルに置いて、は家人に向けてつぶやく。
 返事がないだろうことは、はじめから承知の上だ。
 それに、この言葉にさしたる意味はなかった。
「……空目くんは…空目くんだよね」
 褒めたつもりも、けなしたつもりもなかった。
 ただ何となくそう思ったから口にしただけ。それなのに。
「…………」
 気がつけば、漆黒の双眸がを見ていた。
 視線がぶつかる。
 相変わらず表情にとぼしい目が、なぜか、まぶしいものを見るかのように細まって――しかし、まばたきのあとには再び紙面へと戻っていた。結局、彼は一言も喋らなかったし、笑いもしなかった。

 それなのに、
 あの一瞬、言葉では語りつくせない何かを聴いた気がしたなんて、……どうかしてる。




05.鏡

 最近のひそかなる悩み。

 神野陰之は <特異点> であるの作用をモロに喰らうという。
 他でもない本人の申告なので間違いはないし、彼は確かにが記憶を取り戻してからというもの、見違えるように話のわかる相手へと変貌したし、もはや疑う余地はない。

 つまるところ、それは――なんというか。その。いろいろと複雑というか。
 恥ずかしいにもほどがあるというか、わたしはそんなに陰之くんのことばっか考えてるのかというか。
 いや、それよりも、まず。
「……陰之くん」
「なんだね」
「わ、わかってるくせに……。私が何考えてるか! なんでそう笑顔なの!」
 夜闇の魔王は、ふっと口の端だけで微笑んだ。
「だからさ」

 ……熟考しなければならない彼の発言がまたひとつ増えた。




06.エスケープ
07.黒づくめ
08.記憶の在り処
09.死ぬ
10.神隠し

11.追憶
12.いい度胸だ

 ――私はただ友人の家に遊びに行きたいだけなのに。

 右に鼻ピアス、左に舌ピアス。
 正面に喫煙・脱色あたりまえ、ノーヘル・マフラー改造あたりまえ。
 羽間駅前。
 どう見ても素行のよろしくない男子生徒たちから、彼女はいわゆるナンパをされていた。
 カノジョ、今ヒマー? オレらと遊ばなーい?
 ぎゃははと続く品のない笑い声。
 たむろする彼らの誘いを無視しつつ、時計を見る。13時には15分ほど早い。やはり、彼はまだ到着していないようだ。
 駅前の待ち合わせであるからして、いかに居心地が悪かろうと、この付近にいる必要がある。
 ねーカノジョー。無視しないでよー。
 一緒に遊ぼーよー。ねー、シカトー?
 間延びした語尾に、貧困なボキャブラリー。はだんだんこの場から立ち去りたくなってきていた。
 …このままだととても面倒なことになる気がする。
 携帯電話という文明の利器もあることだし、と自分に言い訳して、さっときびすを返そうとしたとき――
 肩を叩かれた。
 嫌な予感的中。
「カノジョ、聞こえてるよね? じゃ、行こ」
 強引に促される。
 眉をしかめて、「行きません。約束があるので」と手を振り払う。
 しかし時すでに遅し、数人がの周りを囲んでいた。わずかながらすごみを効かせている。
「あのさあ、ただ一緒に遊ぶだけだっつってんだろ?」
「ホラ、来いよ」
 無造作に伸びる手を今度は強めに振り払う。ぱしっと音がした。
 四面楚歌の状況で、彼女はきっぱり言い切った。

間に合ってます。

 新聞の勧誘のように笑顔でタイミングよく有無をいわさず断る。
 重要なのはこの後の行動。バタンとドアを閉めるもよし、インターホンを切るもよし――
 …一目散にダッシュするもよし!
 あっという間もなく彼女は不良たちの囲みを抜け、駅のロータリーに到着したばかりの迎えの自転車の後ろに飛び乗る。
「出発! 早くっ」
「はあ? ――って、待て、……そういうことかよっ」
「そういうことっ、早くしないと…ほら、絡む気満々だよ?」
 が俊足でかせいだ十数メートルの距離を近づいてくる彼ら。
 チッと舌打ちして、俊也はペダルに足を掛けなおした。
「…つかまってろよ!」
「イエッサ」
 運転する彼の腹に腕をまわした。Tシャツの上から体温がつたわる。
 ややもなく、グンッとスピードがかかった。

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13.噂
14.あきらめきれない
15.屁理屈

「無理が通れば道理が引っ込む、ってね…。どれだけおかしな状態でも、周りみんながそうならもう仕方ないかなあ、と。そんなところはあるかな」
「---らしくないことを言うのだね」
「そうかな」
 そんなこともないよ。
「場合によっては、左右されるのも悪くないと思う。いくら基準がおかしくなってても、決めるのは…私だからさ」
「そうかね」
「陰之くんだって、えーと…『願いを叶える者』とか言ってたじゃんよ。それって左右されてるんでないの?」
「それが私だからね」
 闇にたたずむ彼が影を深くして肯定する。
 頬杖をついてそれを見上げるは、こうして見るときれいな顔だなあと関係のないことを考える。
 暇だからといって試しに名前を呼んだところ、しごくあっさりあらわれた彼は何食わぬ顔で雑談に応じる。それが君の望みならばとか何とか暗鬱に笑って。
 相変わらずシュールな男だ。
 他愛のない会話に頷く彼は、こうしている今も、呼び主の自分に少なからず左右されてきているはずなのだが――
 は男の笑みを見て、思わず破顔した。
「――ほら。悪くないって顔してるよ?」

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16.…仕方ない
17.獣
18.処理
19.足元の影
20.幻

21.匂い
22.歌
23.あの人に伝えて
24.呪文
25.見えない縄
26.彼の笑顔
27.テスト
28.嫌がらせ
29.ひそかな特技
30.番犬

31.未来の話
32.魔女の冗談
33.決意
34.呼ぶ声
35.桜
36.居眠り
37.キス
38.見てはならないもの
39.世界
40.着信履歴

41.ミッシング・リング
42.魔王
43.鈴の音
44.誰にも言わない
45.制服
46.七不思議
47.血
48.大迫栄一郎
49.約束
50.君だけの物語