3日後、午後7時に城でお待ちしております―――。






 そんな文字の書かれた美しい手紙をが受け取ったのは、今から3日前のこと。

 それは、いつものように。

 バナーの村で、のんびりと釣りをしていたの元に舞い降りた鷹のコハクの首に

巻かれ、突然やって来た。

 真っ白な、花模様の透かしの入った便箋に書かれた、本人の直筆の手紙。

 その誘いが、個人的なものでないことはなんとなくわかっていても……。

 それからの3日というもの。

 はただ、その文字を見るだけで心が満ちてくるような、不思議な感覚を味わう

ことになるのだった。





 午後7時に、城で……。

 はふぅと息を一つつき、夕焼けの朱に染まった空を見上げる。

 高く広がる空には、筋雲がまるで絵画のように美しく彩られ、夕暮れの闇が訪れるには

まだ早い景色を映し出していた。

 午後7時に、城で………。

 大切な宝物のように、彼女から受け取った手紙を服の中に潜めながら。

 キュッと、胸元を掴みそれを確認したが、目の前に迫った城の城門で

一度立ち止まり、漆黒の瞳でその重厚な城を見据えていた。




 そんなのすぐ側では―――。

「坊ちゃん、今日は一体なんのお誘いでしょうね♪」

 そう言いながら、楽しそうな笑顔を見せていたグレミオが、立ち止まっている

振り返り、心底嬉しそうに微笑んでいる。

 まさに、有頂天と言わんばかりの。

 グレミオのその態度を見る限り、きっと彼はこの手紙の招待の意味を知っているの

だろうと、そう思う。

 顔に出やすいというか、なんというか。

「さぁ?見当もつかないな…」

 気付いている事実に、微かな笑みを口元に浮かべながら。そんなグレミオを見上げた

が、すっと視線を落とし、瞬きするよう瞳を閉じた。

 兄弟のようで、親友のようで、そして母親のようで―――。

 いつもどんな時でも、優しい微笑みを絶やさず見守っていてくれるグレミオとは、

もう数えられないほど昔からの付き合いである。

 だから、グレッグミンスターでと出会った時のことも知っているわけで。

 そして―――。

 きっと…その時芽生えたの仄かな恋心も知っていると思うからこそ。

 そこまで思いを馳せ。

 は隣のグレミオに視線を向けから、柔らかく視線を細めるとそのままスッと

顔を上げた。

 その仕草に合わせ。

 髪に巻いた緑と紫に彩られたバンダナの端が風に靡き、ふわりと宙に舞う。

「でも、きっと坊ちゃんにとっては良いことのはずですよ♪」

「なにせ、さんからのお誘いですから」と付け加え、腰を微かに屈めと目線を

合わせたグレミオが、もう一度嬉しそうに微笑んだ。

「そうだな、きっと…」

 柔らかく微笑みながらそう告げて。

 再び歩き出したが、何かと共にが待ち受ける城の城門を、ゆっくり

潜り抜けるのだった。





「よおっ!!遅かったじゃねぇーかっっ!!!」

 が城内に足を踏み入れた瞬間。

 一番始めに手荒い歓迎をしてくれたのは、解放軍として戦った戦友の一人でもある

ビクトールだった。

 昔と変わらない、豪快な仕草で彼の髪をグシャグシャと撫でながら。

 ニヤリと笑ったビクトールが、苦笑いを浮かべるを引き摺るような格好で、そのまま

有無を言わさず拉致るように酒場へと連れ去ってゆく。

「ちょっ、ビクトール!僕は……」

「わーーってるって!!!ならこの奥でお待ちかねなんだよっ!」

 不器用なウィンクを飛ばしながら、自分の腕の間でバタバタと暴れるの頭を軽く

叩いたビクトールが、「言っとくが、を貸すのは今日だけだからなっ!」と冗談とも

本気とも取れない言葉を告げ、また大きな笑い声をあげる。

 昔から、変わらないと思う。

 いつも陽気で豪快で。でも、大雑把なようで誰よりも人の動きを観察している男。

 ああ、とは心の中で小さく呟いた。

 誰か、グレミオ以外の人間とこうやって触れ合いふざけ合うのも久しぶりの感覚だと、

そんなことをぼんやりと思いながら。

 引き摺られ、次々と視界の外へと遠のく床の木目を見つめていたが、微かな

笑みを口元に浮かべる。

 それは―――。

 もう、ずいぶんと忘れていた感情を思い出したような喜び。





 すると………。

 突然、耳元でバタンッ!!と壊れそうなほど大きな音をたて、見えなくとも目の前の

扉が開け放たれたのがわかった。

「着いたぞっ!」

 そう言って。

 ビクトールの力強い腕から解放されたが見た今日の酒場は、いつもの賑やか

すぎる喧騒とは違う、人の熱気に包まれていた気がして。

 間接照明だけで、灯りが抑えられているからだろうか?

 いつもは明るく雑多な雰囲気が漂うそこは、まるで違う場所のようだった。

「また、何も説明せず乱暴に連れて来たんだろう?」

「なに言ってやがるっ!!説明しちまったら面白くないだろうがっ!!!」

 そんな風に言い放ち堂々と胸を張るビクトールの側で、呆然としているを見つめ

ながら。

 ため息と共に呆れたような表情を浮かべたフリックが、「だからお前を迎えに行かす

のは嫌だったんだ…」ビクトールに向かってそう呟く。

 ニヤリと。してやったり顔で笑うビクトールと、それを嗜めるフリック。

「フリックさん……」

「久しぶりだな」

 名を呼ばれ、ポンッとの肩に手を置いたフリックが、懐かしそうに目を細めながら

「元気だったか?」と当たり前のように微笑んでいた。

 やはり彼も昔と変わらない、とはそう思う。

 そして―――。

 漂う雰囲気も、それに伴う行動も。3年前と同じ空気が、ここには流れていると

そうも思う。

 それは。がずっと拒んで、拒絶してきた楽しかった日々の喧騒……。

 目の前でたた微笑んでいる二人を交互に見つめながら。

 安心したように小さく息をついたは、ふいに酒場の後方へ目をやり、そこに

見えるものに違和感を覚えたよう視線を止めた。

 そして、驚いたように目を見開き、集まっている人々をもう一度見渡す。

 この城の城主であるやその姉のナナミを手前に―――。

 ハンフリーにフッチ、シーナやクライブ…。それどころか何故かこの酒場にはどう

考えても不釣合いなルックまでもが、壁に凭れながら面倒くさそうな眼差しで、だが

しっかりその場所に居座っているではないか。

「何が、あるんですか?」

 あまりにも異質な、だが懐かしい顔の勢揃いに。

 はぼそりとそう呟いてから、目の前で優しい瞳を向けているフリックを見つめ

返す。

 と、その声に呼応するように―――。

 一瞬にして酒場の照明が一気に落ち、あたりを暗闇が包んだ。

「おらっ!主役の登場だっ♪」

 そう言って。

 間違いなくニヤリと笑ったビクトールに渾身の力で背中を押されたは、飛び出す

ように酒場の中心へと導き出されてゆくのだった。




 ふっと、訪れた沈黙。

 そしてそれを掻き消すように、美しいメロディーが酒場中に響き渡った。

 懐かしい旋律、そして……。

 静かに、柔らかいトともに浮かび上がった女性。

 綺麗に結い上げた漆黒に近い髪に、純白と目に映える藍の花を飾りつけ。

 それと同じ色で仕立てられた布のチャイナドレスを着た彼女の、服の裾と襟元には

深紅の刺繍が施されていた。

 口元を飾る紅と同じ色。

 美しいと、そう思う落ち着いた朱の色―――。

 瞼を閉じている彼女の、長い睫毛がそっと歌声に振るえているのがわかる。

………」

 小さく、囁くようにその名を告げたの声に反応するように。

 の瞳が静かに開き、ふわりと花咲くような笑みを浮かべた。

 深紅に染まったその唇が紡ぎだす異国のメロディー。

 それは。

 昔、グレッグミンスターで彼女の歌声を聞いていたとき、が一番好きでよく

強請るようにして歌ってもらっていた曲だった。

 歌詞の意味はわからない。

 だが、懐かしいような、愛しいような。そんな旋律が大好きだったからこそ。  

「………」

 着ているチャイナドレスの裾をひらりと靡かせながら、所作なさげに佇む

側までやって来たが、ふふっと楽しそうな笑い声をあげる。

 そして―――。

「あなたという素敵な人が、この世に…この場所に存在することを感謝します」

 そう彼の耳元で囁き。

 すっと、の頬に手を添えたがその肌にそっと唇を触れさせると、驚いた

ように視線を交わしたそのすぐ側で微笑んでいた。

 可憐で、本当に美しいとそう思う笑顔を浮かべながら。

「お誕生日、おめでとう!」

 驚いたように固まっているの手を優しく握り締め、が凛とした声を張り

上げた。

 すると。

 今まで静まり返っていた酒場に集まっていた人々が、口々に「おめでとう!!」

と叫びながら、クラッカーを鳴らし、フラワーシャワーを浴びせ、近くにあった

グラスを掲げると、カチンっという音を立てながら騒ぎ出す。

……?」

 一気に、まるでの言葉が号令だったかのように賑やかな喧騒を取り戻した

酒場。

 それでも―――。

 何が起こったのかよくわからない表情で目の前のを見上げていたが、

今にも幻のように消えてしまいそうな彼女の手を、無意識のうちに掴みとる。

?」

 そんな不安げなの表情を見て取り、はその細い腕で抱き寄せるように

彼の体を包み込むと、キュッと背中に回した手に力を込めた。

「たとえ、何があったとしても。あなたが産まれ落ちた日が今日で、それが

素晴らしい瞬間であったことに変わりはないわ…」 

 時を刻む鼓動が、その形を変えても。

 この世に、が生を受けた日が変わることはない。

 そしてその日を祝いたいと、そう思う人間がこれほど多くいることにも変わりは

ないのだ。

 自分の誕生日が、今日であることも忘れていたにとって。

 いや、正しくは忘れようと触れないようにしようと心がけていたにとって

まさにそれはサプライズで。

 拒んで、拒んで。

 でも、どこかで求めていたもの。

 ずっと側での姿を見てきたグレミオが、視界の先で柔らかく微笑んでそんな

光景を見守っているのがわかった。

 出来ることなら誰とも触れ合わず、この紋章を世間から抹消して生きていきたいと

そう思っていた。

 この紋章に吸い取られる儚い命を増やさないためにも、そして自分がこれ以上

苦しまないためにも……。

 だが、拒んでも拒んでも。

 それで終わらないつながりもあるからこそ。

 はそれを何よりも愛しいとそう感じながら、そっと瞳を閉じるのだった。





「…この企画をたてたのは、だね?」

 それからどのくらいの時間が経ったのか?

 温かい、のぬくもりの中―――。

 当たり前のように彼への祝いの言葉を述べ、楽しそうに騒いでいる仲間たちを

ぼんやりと見つめたが、ずっと抱き寄せてくれているに小さく微笑みながら、

掠れた声でそう問いかけた。

 まだうっすらと、照明を抑えられている酒場の室内は、どこが幻想的で甘美な

雰囲気が漂っている。

「ええ。大切な人の大切な記念日は忘れないものよ?」

 そう言ってふわりと微笑んだが、「ここまでの衣装を着せられたのはレオナさん

たちの悪ノリだけどね」と照れたように微かに頬を染めた。

 そんな、が愛らしいとそう思うゥらこそ。

「…似合ってるよ」

 ふいに口をついて出た言葉。

 そっと瞳を閉じてから、瞬きした漆黒の瞳がじっとを見つめていた。

「似合ってる」

 今度は視線をきちんと合わせ、そう言って微笑むの姿は3年前と同じようで。

 でも、やはり3年間の成長をきちんと遂げているとはそう思う。

 だからこそ、彼を見守って。

 そして張り巡らされた壁を一枚ずつ剥がして、昔みたいに仲間達と笑い合う姿が

見たいとそう願うのだ。

「「ありがとう」」

 そう告げようとした言葉が重なって。

 二人は可笑しそうに声を上げて笑い合った。

「新しい瞬間が、今から始まればいいとそう思うわ」

「この場所なら、確かに始まりそうな気がするよ」

 そう囁いて、また笑い合う。



 あなたが産まれたこの日に。

 あなたが産まれたこの瞬間から。

 また、夜は明け新しい朝が始まるから―――。


















はっさくさんのありがたいコメント

素敵なイラストに癒され、書き上げることが出来ました♪
ゆのサマ!本当にありがとうございました。
もしよろしければこの作品はゆのサマに捧げますv



以下、管理人のたわごと

棚からボタモチのよーにこんな素敵なドリームをもらってしまっていいのでしょうかという心境な管理人ゆのです。なんという幸運! ほっぺをつねってみて再確認です。
本当にありがとうございます、はっさくさん。
めでたく許可が下りましたので宝物として飾らせていただきます。
ていうかもう返しませんから……! 後悔しても遅いですよッ!


そんなはっさくさんの魅力的作品をいっぱい拝見したいという方はこちら→ 「sour+sweet」
(リンクページからも旅立てます)