桜がとっても綺麗な今宵は、ちょっとだけ羽目を外しましょう。

 大丈夫、誰も責めないわ。




 だって、夜桜を見てお酒を嗜むのは日本人の心ですもの。

























    夜桜月見




























 小柄なティールームの女主人は、次元の魔女よりも大酒飲みだ。

 実は何かとつけて、茶会ならぬ酒会を開いたりもしている。

「紅茶屋より酒屋のほうが似合ってるんじゃ…」と思った者もいるにはいたそうだが、

「わたしの外見キャラクターと酒屋がマッチすると思う?」

 と笑顔でのたまったに、逆らえない何かを感じたのか大人しく引き下がっていったらしい。



 そんなが壱原邸に電話を寄越したのは、つい4時間前のことだった。

「今夜は晴れるらしいの。お月様が良く見えるらしいから、いつものところに来ない?」

 うきうきした心情が言葉の端々から滲み出たような誘いに、侑子は快諾した。

 そして、その結果。

「なんでおれがこんなことしなくちゃいけないんすか――――!」

「四月一日の手料理美味しいんだもの。あ、が『ローストビーフ入れてねvv』って言ってたわよ」

「ローストビーフなんて2時間ぽっちで作れるわけないだろ――!!」

 四月一日が延々とキッチンに立つ羽目になったそうな。


「そもそもいつものところって何処行くんすか、侑子さん」

 調理の手は休めることなく、視線もまな板に向いたままで四月一日が問う。

 侑子はそれにふふ、と笑って

「月見酒するベストスポットがあるのよ」

 それだけ答えた。







「あ!3人ともこっちこっち!」

 壱原邸を出たところで、が大きな風呂敷包みを抱えて立っていた。

 春物のワンピースに軽くジャケットを羽織っている姿は、前回の花粉症からはなかなか想像がつかない。

 空いているほうの腕は、千切れんばかりにぶんぶんと振り回されている。

「四月一日君の包み大きいねー。それ全部お酒のおつまみ?」

 爛々と目を輝かせて四月一日の持つ包みを覗き込むは、鼻をひくつかせてからさらに笑顔になった。

「ローストビーフ!!香ばしい胡椒の香りがたまらないわ…!」

 作ってから超特急で冷ましたのになんでわかったんだろうこの人は。

 呆気にとられる四月一日を尻目に、はうきうきと促した。

「じゃあ早く行きましょ!早くしなきゃお月様が隠れちゃう」

「そうね。じゃあマル、モロ、行ってくるわねー!」

『行ってらっしゃいませー♪』


 四月一日がはっと気付いたときには、2人は壱原邸の角を曲がるところだった。

 因みに彼が持っていた筈の風呂敷包みはいつの間にやら侑子がちゃっかりと持っている。

「作るだけ作らせといて置いてきぼりかよッ―――!!」

 慌てて追いかけた姿はのび太のようだったとかそうじゃなかったとか。




「ていうか、何処行くんすかさん?」

 四月一日の問いに、は前を向いたままルンルン気分で答えた。

「私のお店の近くにね、ちょっと小高い丘があるでしょう?」

 …あったっけ。しばし考えた後、四月一日はありましたねと頷く。

 丘と呼べるのかどうかも微妙なところだが、周辺よりは少々高い地が確かにあった。

 先日行ったときはさして目もくれなかったが。

「あそこのてっぺんに立ってる樹が桜なの。種類はわからないけど、なかなか大きくてね」

 ライトアップされてたらすごく人気が出るんでしょうけど、真っ暗だから夜は誰もいないの。

 そこまで言うと、はくるりと四月一日のほうを振り返り、茶目っ気たっぷりの双眸をキラキラさせた。

「で!それを無理矢理ライトアップさせて、綺麗な桜を独占しちゃおうってわけなのです!」

 わけなのです!……っていうか何処から電源引くんだよ。思わず半目になった四月一日である。

 近くっていったって、店からケーブルを引いてこようとするとだいぶ長いものが必要になる。

 率直にそう言うと、は「チッチッチ」と人差し指を振って「愚問だね四月一日君」と言った。

「わたしを誰だと思ってるの?こう見えても魔女の端くれなんだから」

 決して「かのクロウ・リードも一目置き、戯れの魔女と呼ばれていた」ことは言わないあたり、頑なである。



「じゃあ、お月様にちょっとだけ協力して貰います!」

 高らかに宣言したあと、はジャケットのポケットから小瓶を取り出した。

 ぼんやりした月明かりのもとでもキラキラと反射する中身は、水晶とムーンストーンを砕き混ぜたものだと言う。

「何に使うんすか、そんなもん?」

「そんなもんとか言わないのー。ふふ、これで月明かりをちょっとだけ強くさせてもらおうと思ってね」

 ちょっとだけ。…本来の力を発揮してしまえばちょっとどころか太陽並みの光を集めることも可能なのだが。

「じゃ、いきまーす!静かにしててね」

 桜の木の真下で、小瓶からさらさらと宝石を手に集める。

 遠目で見てみると、ぼやけた輪郭と僅かに光る宝石とで、の姿は大層幻想的に見えたはずだ。

 いつもより低い落ち着いた声が丘に響いた。


「戯れる蝶々において依る。月よりの灯りを我がもとへ」

 ――言うと同時に、手に乗せた宝石を月へ向かって放った。

 たったそれだけだ。たったそれだけのことで、月明かりが強くなるなど。

(まぁ、…四月一日君は魔術詳しくないだろうし)

 実際、間に踏むべき手順を大多数端折ってしまっているのだ。

 魔術を発動させる手順をいじってしまうのは、普通魔術を扱う者として禁じ手であり、反動が大きすぎる。

 が端折りまくって魔術を発動させているのは、それだけ彼女に蓄えられている魔力が大きいことを意味しているのだ。


 四月一日がふと下を見ると、自分の影がさっきよりも明らかに濃いことに気付いた。

「………月明かり…?」

 上を向いてもあまり変わらないように見える空は、実は確かに変動していた。

「お月様も今夜は機嫌が良いみたいだね」

 月を見上げて、がふふ、と嬉しそうに笑う。

「じゃあそんなお月様に負けないぐらい、私たちもご機嫌になって帰らなくちゃね」

 それはなんだかちょっと違うんじゃあと突っ込みかけた四月一日を押しやって、侑子がバサッとレジャーシートを広げる。

 その上に手際良くお重を並べていって、四月一日以外は杯を持って。


「かんぱーいっ♪」

「飲みすぎないで下さいよー」

 四月一日の言葉は無かったかのようにスルーされた。






「さくらいろー舞うーこーろー…あれ、続きなんだっけ?」

「知らないわよジャパニーズポップスなんてー。あ、ローストビーフもーらい」

「あぁ!わたしの牛が!」

「牛って……ていうか出来上がってるし2人とも!ちゃんと自力で帰って下さいよー!」

「四月一日1人だけ素面なんてノリが悪いわねぇ」

「ノリ悪ーい!」

「モコナも酔ってんのかよ!!」

「気にしちゃ駄目よー。ほらほら、四月一日君も飲んで飲んで!」

 一気に近づいてきた酒瓶に慌てる四月一日だったが、背後からがっちりと侑子に押さえられ。

「や、あの要らなっ……――――ッ!!」

「未成年がお酒飲んじゃったー」

「飲んじゃ駄目でしょ法律違反よ四月一日ー」

「誰が飲ませたんだよ――――!!!」


 因みに、四月一日がおよそコップ一杯分飲んだ酒はあの有名な芋焼酎、大魔王だったらしい。


「大丈夫だよー、誰も通報しないから」

「そうそう。此処私たちしかいないんだしー」


 未成年相手にけらけらと笑う年齢不詳の魔女たちを、月明かりがやんわりと照らし出していた。









 追記。

 いつの間に帰ったのか記憶もない状態で翌朝を頭痛と共に迎えた侑子は、

私の倍ぐらい空けてた癖になんでそんな平気な顔なのよ…」

 と、四月一日がキャベジンを買ってくるまで唸っていたんだそうな。

 それまで侑子を介抱していた曰く、

「わたしの中のアルコール分解成分は欧米人並だから」

 何の保証があってそう断言したのかは謎だ。









 ++アトガキ++

  はちみつ印。ゆの様宛ての夢のつもりだったのに…!

  なんだかお送りして良いのかどうなのか微妙なものになってしまいました。

  何はともあれ、ゆの様ご卒業おめでとうございますvv

  因みに。ヒロインさんが歌ってる鼻歌は中島美嘉さんの「桜色舞うころ」です。

  わかんないですね言わないと。



 ++という志波さんのコメントとともに丸々もらってしまった管理人ゆの++

  相互リンクでお世話になっているだけでなく常日頃からBBSやPBBSなどで仲良く

  してくださっている志波さんから、なんとご好意でホリック夢をいただいて

  しまいました……!!(感涙)

  志波さんの書く魔女のヒロインさんが、ミステリアスでそれなのに可愛らしくて

  もう大好きですv

  このヒロインさんの出てくるお話をもっと読みたい! というかたは、ぜひぜひ

  うちのリンク部屋から志波さんのサイトへと旅立ったほうが良いですよ!(力説)

  最後に。志波さん、本当にどうもありがとうございました!


そんな志波さんの素敵ドリームサイト様はこちら→ 「Khaos」
(リンクページからも旅立てます)