白龍の神子の作戦会議は、たいてい寝所にておこなわれる。 京邸の住人がそれぞれの居室へと引き上げたころ。 夜着をまとったうら若き少女たちは、まじめな顔つきで膝をつきあわせる――わけでもなく、くろついだ表情で “思考” をつきあわせる。 (……ここ数日、慎重に弁慶や景時をさぐっていたのたけど、今のところ私たちを過剰にコキ使おうという動きはないようね) (あっ、ちゃんもそう思った? あたしは景時さんとか弁慶さんの裏まではよくわかんなかったから、とりあえず九郎さんで判断してた。それでたぶん大丈夫だなって思ってた) (確かに……ものすごくわかりやすいですからね、九郎さん……) 秘密会議にはもってこいの神子同士のホットラインである。 こういう方法をとれば、どれほどはげしく意見を飛ばしあおうと決して第三者に機密は漏れない。 ふと今まで黙っていたが (……ところで、) と小さく呼んだ。 (今までちゃんと聞いておかなかったけど、確認したいことがある) (え? なに?) (わたしは、わたしたちはの味方だから。どうか、ほんとうのことを教えて) (う、うん……?) 細いわりによく通るの声にしずかに語られ、なぜだかはとても神妙な心地になった。 な、なんだろう。今さら隠しごとなんて何もしてないはずだけど……? どきどきと待ち構える当代神子へ先々代はずばりと尋ねる。 (……それで、がもっとも愛するひとはだれ?) まさかの恋バナの予感であった。 幾多の星をこえて 2 「…………っ!!」 ホットラインどころでなく盛大に息をのんだはゲホゴホッと言葉につまりまくった。 同じくあぜんとしたがハッと我に返っての背中をさする一方、そういえばそうね、とクールに頷いたのはだった。 (私たちがに協力するためにも、そこは押さえておかないとね) (うん。この運命をひっくりかえすにしても、なにをポイントにどうひっくりかえせばいいのか……の希望でこちらの役割もずいぶん違うはずだから) (同感だわ。――さあ、) ろくに呼吸も整わないうちに、との瞳がをつらぬく。 それは、なぜか一緒にもギクッとするほどの鋭いまなざしだった。 (以下の名前より本命を答えよ。……譲、九郎、景時、弁慶) (そ、そんな、かたっぱしから言われても!) (ヒノエ、敦盛) (いやあの) (リズ、将臣) そのとき、ぴくっとかすかにの肩がうごいた。 あ、あああー…とは罠にかかった獲物のかわりに頭を抱えた。 (……将臣、白龍、将臣、知盛、将臣) しつこく名前を登場させるもなら、そのつど素直にビクッとするもだった。 わかりやすかった。それはもうわかりやすいにもほどがあった。 けれども、当代神子はなおも墓穴をほった。 (……ちっ、ちがうよ!? ま、まま将臣くんが好きとかじゃなくて! ただ敵になっちゃった還内府も他の八葉もみんな無事に助かるような未来がほしいっていうか!) べ、べつに将臣くんなんか! 往生際悪く言いつのる当代は捨て置き、先々代と古代は (そうか、将臣……)(ということは平家もむげに扱えないわね…) しみじみと話し合う。 幾度となく運命をくりかえしただが、いまだかつて一度たりとも将臣と想いを交し合っていないことは、この場の神子全員が承知していた。要因のひとつはの無自覚と、他の八葉や知盛などの死をもすべて回避せんとする目標の高さにある。 つまり、とが容赦なくポイントを整理した。 (一、と将臣の両想い。二、八葉および知盛らの生存。三、戦死者は最小限に。この三つね) (いやだから将臣くんは!) (このムスメは放っておいて) ひとつひとつ指折り確認される難問に、とはしばらく思案せざるをえない。 の体験した記憶を一部共有している神子たちは、それらのポイントがそう生易しくかなえられるものではないと充分に理解している。 (これに到達するには……当然、九郎の暴走と、弁慶のたくらみと、景時の暗躍と、知盛の自殺と……そのほか、あれやこれやの残念エピソードを回避する必要があるわ。それも、手抜かりのないよう確実に) (……平行して、源氏と平氏の和議も成立させないといけませんね) (ええ。せめてがまんべんなく彼らと仲が良くて何よりだわ。今までがくりかえしてきた時空の中で、それぞれの事情に首をつっこんでくれていたからこそ、それぞれのオトしどころが把握できる) え…とはおののいた。 (……お、おとしどころって) フッとは花のように微笑んだ。 (そう、オトすのよ) あわててがフォローに入る。 (おとすというか、信頼関係を強くしておかないと) 無表情にも頷く。 (いざというときのために……たぶん必要になる) (オトすという言い方に抵抗があるなら、信頼関係でも絆でもなんでもいいわ。要するに、彼らがこれからよろしくない方向にかたむきそうになったとき、こちらから働きかけて軌道修正が可能なくらいの、それなりに密接な関係性がほしいの) な、なるほど、とようやくも納得した。 しかし、の考察はまだ終わらない。 (密接な関係性をもって、適切なタイミングで軌道修正。今度こそ目標のすべてを達成しようとするなら、この介入は欠かせないわ。……もっと噛み砕いていえば、ターゲットと常日頃から仲良くして、しかるべきときに迅速につっこみを入れればいいのよ) やや噛み砕きすぎな感はあるものの、さすがにの言に反論はあがらなかった。 気圧されがちなとですら、ややあって深く首肯する。 (ターゲットの候補は……まずは、さきほど話にのぼった九郎さんを筆頭に?) (ええ、和議を最短ですすめたいなら、鎌倉名代の九郎、実質上平家筆頭の将臣、熊野別当のヒノエは確定ね。他は……放っておいたらロクなことにならないのは全員) 放っておいたらロクなことにならない―― 神子たちは改めておのれの記憶をさらい、一拍ほど黙りこんだ。 それぞれの最悪エピソードをしみじみ思い起こし、四人はため息をつく。 確かに、これほど複数の難問攻略――ひとりだけではなかなか成功しないはずだ。源氏をおさえ、平氏へ介入し、不穏分子を封じる。たとえ未来の一端を知っていたとしても、並大抵の働きではつとまらない。 (難関そろいぶみね。譲、リズ、敦盛はまだしも……) (そうですね……特に気をつけていないといけないのは、源氏平氏どちらにも縁のある弁慶さんと、鎌倉にさからえない景時さんでしょうか) (あっ、でも知盛もムズいんだ。決戦で会うと、間違いなく……死んじゃうの) 以外の神子は、彼らの死を直接目の当たりにしたことはない。 それでも。 炎の中で、晴天の下で、揺れる波間で。 あざやかすぎるほどあざやかに命を落とした彼らを “知って” いる。 (不思議ですね…もうさんの記憶だけの知識じゃないんです) ささやくようにが言った。 (ここは彼らの生きる時空です。……生きて、笑っている、生身のあの人たちと、どんな経緯であれ、じかに知り合いました。……もう他人事にはできません。私はこの時代の神子ではありませんが) (……ちゃん) (ですから、決して巻き込んだとは思わないでください、さん) うん、ありがとう、と深くうつむいた当代の神子の声はあきらかにふるえていた。 先代の少女はよけいなことは何も言わずに、細い肩にそっと手をおく。 古代の少女も背景にイナズマを走らせながら (そうね、ぼちぼち本腰入れましょうか) とガッシリともう一方の肩に手をおく。(オムレツとプリンと団子の恩義もあることだし……) 冗談めかした言葉のわりに目はマジである。 (……ほ、本腰? ちゃんが?) (私たち召還組が。もはや踏み込ませていただくわ。この時代に――ひいてはあなたに) (あたしに?) そう、と亡国の王女はにっこりと笑う。 (、あなたのやり方はなまぬるいわ) (……なまぬる…) (ごめんなさい。他所の時空だと思って遠慮してたのだけど、実はずっと言いたかったの。うずうずしてたの。……いい、? せっかくこんなに優秀な人材がごろごろ転がってるのに遊ばせておくなんて――もったいないわ。もったいない。私なら痛恨のきわみだわ) (…………) おのれの世界では少数精鋭の手勢を率いて大国を相手取る王女は、とかく人的資源に飢えていた。敵方の皇子をその腹心ごと陣内に引きずり込むくらいにはカッツカツに飢えていた。 は本能で悟った。 うん、なんかよくわかんないけど今のちゃんには絶対逆らっちゃいけない。 そのように鬼気迫るに至極マイペースに応じたのはである。 (……協力者を、つくるといい) (その通りよ、) そろそろ眠気におかされがちな先々代の提案に、王女兼軍主は大きくうなずいた。 我が意を得たりとばかりに、つややかな双眸がきらりと光る。 (が挑もうとする未来は難関中の難関よ。たとえるならば、大シケの嵐のなかで流された真珠をすくうようなもの、あるいは地平線までつづく砂漠のなかで一粒の砂金をさがすようなもの) (……えーと) (条件は過酷、時間はかぎられてタイミングは流動的、なおかつ大前提で命がけ。……目標の困難を前にしのごの言ってられないわ。わかるわね? つまり、使えそうな人材はどんどん使うべきよ。口説けそうな人材もガンガン口説くべきよ) (……う…うん) なぜそこでウカツにうなずくんですか先輩――! と譲がここにいたならば即座にそうつっこんだであろうが、クイーンの目ヂカラにおののく現在のは、おのれの本能にしたがってコクコクと何度も首肯した。それに反論もまったく思いつかないのである。 確かに味方は多いほうがいい。そして味方を得るなら早いほうがいい。 (もちろん、だれかれかまわずとはいかないわ。ヘタをうったら逆効果だもの) ……と、いうことは。 神子たちが具体的な名前をあげるよりも早く、庭先のほうで気配が動いた。 そう遠くなくひびく源氏の呼び笛。鎧をつけた兵士の足音。 ぴく、と逸早くに顔をあげたのはとだった。きらりと目をかがやかせて身を起こしたのはで、その三人の顔つきを見て苦笑したのはだった。 (よしきた、鴨ネギね!) (……頼もしすぎるよ、ちゃん) 平家髄一の横笛の名手、無官の大夫、平敦盛は、夜闇のなか 「……こっちです。早く」 という小さな声をひろい、とっさに足を止めた。 逃げをいそぐあまり、見知らぬ貴族の屋敷に入り込んでしまったことは自覚していた。おそらくそれが敵方のものであろうとも。 「追われてるんでしょう? 早くしないと見つかります」 「……っ」 「こっちへ! 早く!」 年若い女性の声。この屋敷の姫か。姫君がなぜこのような。 さまざまな方面から逡巡した敦盛だったが、結局、意を決して声の誘導にしたがった。 音を立てぬよう庭をすすみ、屋根の下に入り、なおも躊躇ってから――御簾の内へ。 それが彼のおおいなる転機であった。 夜目のきく敦盛は、待ち構えていた四人の少女たちに、はっと体をこわばらせた。 全員が全員、うすものをまとっただけの夜着。 しかし、すまないと謝罪し退室しようとする八葉を彼女たちは許さない。 がっしりと右手をがつかみ、左手の袖も何とかがつかまえる。 背中によじのぼったのはで、前面に鎮座するはだった。 またたくまに四方を封じられた敦盛は 「――!?」 言葉もなく動揺した。 「……はじめまして、こんばんは。大丈夫、ここにいれば見つかりません。あたしは春日。そんでもって敦盛さんの左右と背中にいるのがちゃん、ちゃん、ちゃんです」 「……! 私の名を」 「はい、知ってます。敦盛さんが一度お亡くなりになったことも、不可抗力でよみがえっちゃったことも、うっかりするとものすごいマッチョ……ちがった、ものすごい筋骨隆々のお姿になっちゃうことも。それでも本当のあなたは、ずっと変わらずやさしい人だっていうことも」 さりげなく着眼点のかたよりを感じさせつつも、は微笑んだ。 「敦盛さんは知ってますか? 白龍の神子が怨霊の浄化をつかさどること。苦しみにとらわれてさまよう彼らを、どつくついでにカンペキに成仏させられること」 そして、このとき、ここには――白龍の神子が四人もそろっている。 この奇跡がわかりますか? 「……あ…あなたがたは……一体……?」 四人の少女たちはそれぞれに微笑んだ。 そうして笑うと彼女たちはまるで深窓のたおやかな貴人そのものであり、決して敦盛に異を唱えさせない、抗いがたい 『何か』 をたたえている。 「あたしは、あたしたちは白龍の神子。それに――あなたが八葉です、敦盛さん」 果たして。 驚愕の熱からさめた敦盛がなすすべもなく陥落したのは、四者四様のゆるぎない説得を受けた半刻後のことであった。 |