外科部長室にも処置室にも姿の見えなかった外科部長は、ナースステーション横のこじんまりとした相談室で一人こっくりこっくりと舟をこいでいた。 (おやまあ……) ちょうどよく気の抜けたタイミングに居合わせたものだと思いつつ、すかさずシャッターを押す。 ナースステーションのカウンター裏に掲示されていた勤務表によれば、昨日ルックは夜勤ではなかったはずだが、とヒクサクは記憶をめぐらせる。 そういえば昨日は夕方、夜勤にシフトする少し前から救急がかなり混雑していた。救急搬送が立て続けに三台、さらに緊急手術も重なったと聞く。――なるほど、その線だな、と見当をつけた。 耳をそばだてれば、すー、すー、というかすかな寝息。 めずらしく眉間のシワもなく、頬もこわばらず、睨んでもいないのどかな顔。 ふむ、と数秒ほど考えこんだヒクサクは、そっと物音を立てずに相談室をあとにし、自販機へ向かう。ブルーマウンテンにミルク増量ボタンを押し、熱いカップを入手すると、再び相談室へ。 ルックはいまだ夢の中だった。 ここは仕事場だと注意することも、風邪をひくから仮眠室に行きなさいと忠告することもなく、父はただ無言で息子の前にカップをおいた。 手をのばして、しずかに己と同じ髪色の頭を一度撫でると、やはり音もなくドアを閉める。 「婦長。すまないが、あと五分ほど経ったころに内線をかけてやってくれないか」 「ルック先生に? 五分後ですね、わかりました」 外科病棟看護師長、通称・外科婦長は、年若いながらも冷静沈着で察しが良い。ついでに意外とノリも付き合いも良い。 あえて相談室に直接声をかけるのでなく院内回線子機を使うこと、今でなく五分たってからかけること、それらの意味をややあって理解したようだった。 プライドの高い外科部長を思えば、あの居眠りは間接的に起こすほうが穏やかで、さらに五分後ならば入れたてのコーヒーもほどよく冷めている。 「……そうそう。私がここに来たことは秘密だよ?」 そして、どうせならばこの父親の采配を知らぬほうが目覚めもより穏やかだ。 有能たる婦長は、わかりました、と心得たようにうなずいた。 |