草木も眠る深夜2時。
 空目邸、二階寝室において。

「…………」

 その主はほんのわずかに対処を決めかねた様子で同衾の同級生を抱きしめていた。







彼女に知らされない彼の実験  (蛇足編)








 話は2時間ほど前にさかのぼる。
 ここぞとばかりに忍耐の試される壮絶な状況で、結局はくうくうとのんきに寝息をたててしまった
 彼女はつまるところ非常に図太かった。
 それを証拠に、隣の彼が目覚めとともに身じろぎをしても、ややあって指をからめるように髪に触れてきても――むにゃむにゃと心地良さそうに頬をゆるめるばかりで、覚醒する様子は微塵もない。

 ふむ、と興味深そうに一つ頷くそぶりをした彼は、おもむろに彼女の身体をさらに引き寄せ、腕の中に閉じ込めてみた。無防備な首筋に顔を寄せるように抱きしめる。
 お互いの身体の凹凸がいささかどころでなく感じられるような密着具合であったが、彼の表情および体温、脈拍にはいささかの変化も見られない。そんなおのれの反応があまりにも予想どおりであったためか、彼はややあって腕からを手離した。

 変化が起こったのはその6.25秒後のことである。

 たとえるならば、あたたかくぬくぬくとした掛け布団が不幸にもずれてしまったことにようやく気がついたときのように、あるいはカラになったグラスにようやく気がづいたときのように――は空目という毛布が突然なくなったことにようやく気がついた。

 ――肌寒い。物足りない。

 本当にがそんな感想を抱いたかどうかは別にして、失ったものを奪還するべく彼女は無意識のうちに行動した。

 むー、などとうなりながら手のひらをさ迷わせて目的のものを探し、一度つかんだものは二度と離さないように、腕を伸ばして。
 今度は自分から頬をすり寄せる。

 再び聞こえてくる安定した寝息。
 一方、なつかれてしまったほうの彼の身には、しばし熟考せざるを得ない現象が発生していた。少なくとも数秒前には感じられなかったような事態を前にして、それでも鉄壁の無表情にほころびの欠片すら見受けられはしなかったが。

 ――この実験結果からすれば、やはり最終結論は延期だな。

 本当に空目がそんな感想を抱いたかは別にして。
 腕の中に戻ってきたやわらかさを彼が自分から手離すことは、これ以降もう二度となかった。







 余談ではあるが。
 空前絶後とおぼしき一夜から生還し対戦後の空目のおそろしさを充分に思い知ったが、自分から彼相手にチェスを申し込むことも、これまたこれ以降もう二度となかったという。