のちになって、は思う。
 はじまりと呼ぶべきはの一言であった、と。

「そういえば……私たちの神子としての力って、この時代でも使えるのかしらね?

 それは、白龍の神子たちの利用価値うんぬんについて八葉に釘をさす前に、なるべく早めに気づいておくべき根本的な問題だった――。




 




 が再び京邸に召喚された日のことである。
 実は前回の返還から一日とたっていないが、 「譲が、はちみつプリンたくさん作りすぎちゃって……」 というの召喚文句の前には致し方ないことであった。なにしろ往々にして神子の戦う時代にプリンはない。

 魅惑のプリンを堪能したのち。
 もののついでのように、ふと何気なくつぶやいたに、もまたハッと固まる。いかにも今気がつきましたとでも言わんばかりの彼女に、なんとなく八葉たちもハッとした。

「えっ、使えるんじゃないの?」 無邪気に首をかしげたのは当代・白龍の神子だった。

「だって、ちゃんはぜんぜん使えてるよ? ちゃんとちゃん召喚しちゃったもん」
「そうね……一理あるけれど、はあまり参考にならないわ。だから
「あ、そっか! ちゃんはちゃんだったね

 に一体なにが――?

 自然と皆の注視をあつめた先々代の神子は、召喚後のおなじみの眠気によって、すやすやと夢の中である。絶妙に日なたすぎず日陰すぎないポジショニングを無意識に選んで丸くなるところは、まるで猫のようだった。ちなみに絶妙な日陰をつくっている原因のリズヴァーンはというと、 「……」 ちらりとを見下ろしたのち、そっと日陰をそのままに静かに腰を下ろす。一連のシーンを目撃した景時がほんわりとひそかに癒された。

「……あの、よかったらためしてみましょうか?」

 そのとき、ひかえめにが声をあげた。

 ふところから和紙と筆をとりだし、さらさらと何事か書きつける。出来上がったそれにフッと息を吹きかけて手のひらから飛ばし、ささっと器用に印を組んだ。
 あっ、と真っ先に驚いたのは陰陽師の景時だった。

 変化は一瞬だった。
 みるみるうちにの放った紙一枚が、うすい色の蝶に代わる。

「よかった。問題なく力は使えるみたいですよ」

 蝶を指にとまらせて、がさわやかに微笑んだ。
 ま、待って待って、と陰陽師がつっこむ。

「それ、式神……? 式神だよね? ちゃんは陰陽師だったのかい?」
「ええっ? い、いいえ、まさか! すこし人から習ったことがあるだけです」
「習ったっていっても、そんな……。そんな簡単にできるようになることじゃないでしょう?」
「本当ですよ、教える人が非常識にすごかっただけです!」

 しかし、その自称・凡人の横で 「いやー、ちゃんも大概だよね」「ええ。師も師なら弟子も弟子よね」 などという会話がのどかに交わされていたのでは、もはや色々と台無しだった。

「……と…ともかく!」 ごほん、と頬を赤らめながら咳払いをする
 景時のものいいたげな畏敬のまなざしには気づかなかったことにする方針である。

「わたしの力がこうして問題なく使えるのなら、たぶん、さんも大丈夫なんじゃないかと……」

 ええ、そうね、とは微笑みながら睫毛を伏せた。

(さて。力が使えそうなのは僥倖として、あとは……)
(そうですね……。こればかりは実際にやってみないと)
(――じゃあ、行きますか!)

 そろってザッと唐突に立ち上がった白龍の神子たちに、八葉たちは面食らう。

「どこかへ行くの?」 代表で尋ねた朔に、 「うん。怨霊のところ」 当然のごとくが答えた。
「最終的な確認としては、怨霊を封印してみないとわかりませんから…」 とも言い添える。

 その一方で、はというと、譲の手をぎゅっと握り感謝の辞を述べていた。

「……譲、ごちそうさま。とても、とてもおいしかったわ。またプリンを食べられるなんて思わなかったものだから、感激に胸がふるえるようだった……。正直、あなたを私の世界に連れて帰りたいくらい…」

 めずらしく熱く、真剣に、かなり本気で八葉を褒め称える金髪の麗人。もしも彼女の幼馴染がここにいたならば 『あーあ、タラシモードが出たよ……』 と呆れてくれるであろうが、あいにくと制止役・つっこみ役ともに不在であったため、現在のを止めるものはなにもない。
 これには、いかに至上主義の譲といえども、「い、いえ、喜んでくれて何よりです……」 と赤面してしどろもどろになった。

 余談ではあるが、かの無口な料理上手カリガネにもはうっとりとした眼差しをおくることが多い。冷静沈着な古代の神子の弱点は、つまり――(胃袋キャラだったか、ちゃん…)(しかたないですよ、現代の日本からしたら古代の食事情は…) たいへんだったんだね…と激しく同情されたは、ややあって、おみやげのプリンをもゲットすることに成功した。







 じゃあ、とりあえず一番手はあたしで!

 はーい、と手を上げて申し出たは、ちょうどよく路地に通りかかった怨霊を見つけると、いきなり誰よりもすばやく突進し、豪快に切りかかった。

「す……すごい、さん」
「武器の性質もあるけれど、の攻撃力と機動力はあきらかに前線向きね……」

 あっさり叩きのめされた怨霊が二体セットでほとんど強引に浄化されていく。
 戦闘開始から、わずか数秒。
 たいへん鮮やかな手腕に、はパチパチと拍手をおくった。

 ちなみに、もうひとりの白龍の神子はというと、一時期なんとか目を覚ましたものの、現在はつきそいの八葉たちの横で立ったまま目をつぶりピクリとも動かない。半分以上夢の中といって過言でなかった。

「お見事、さすがだわ。私はそんなふうに縦横無尽には動けないのだけど……」

 すこし困ったように首をかしげてみせたは、すっと矢をつがえて天へ向けた。
 八葉たちが驚きに目をみはるなか、古代の神子はただ一言、するどく叫ぶ。

「――誓約!」

 迷いなく天に向かって放たれた矢は、やがて宙にかき消え――再び地に降りた。
 ドスッ!
 ねらいすましたかのように、残り一体の怨霊の体を深々とつらぬいて。
 苦痛の時間すら与えられずに、一瞬後、怨霊はごく淡い光となって消えていく。

「……浄化もできるようね。のいうとおり、特に私の世界と変わりはないみたい」

 優雅に振り返り、にっこり微笑む
 そこにはさきほど一撃で怨霊を圧倒した猛者の気配はみじんもない。

 やったね! と何も気にせず元気に拍手するの反応はどちらかというと少数派である。
 八葉ら同行者は 「よ…よかったですね…」「さすがは白龍の神子……」 総じて神子は見かけで判断してはならないと心中にきざみつけるに至り、ちなみには舟をこいでいるところを見るに見かねた景時に背負われて本格的に夢の住人と化していた。

 じゃあ今度は協力攻撃ためしてみよっか?
 などとがほがらかに提案するそばで、そっと人知れずため息をついたのはだった。

(やっぱりダメだ、このままじゃ……)

 ぎゅっとこぶしを握り、そうして先代の神子はとある決意をかためたのだった。







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(2009.02.06)